2008年06月22日

Vガンダム・キャラクター考察〜クロノクル・アシャー〜

クロノクル・アシャー

かなり更新が滞ってしまったが、次のVガンダムのキャラ考察はクロノクル。

クロノクルは1stガンダムにおけるシャアの存在にはなれなかったとよく言われる。
僕もそうだと思っていたが、改めてきっちりと比較検証してみたいと思う。

すさんだ心を見せてくれれば
紳士という点では同レベルだった。
寝ぼけたスージィをトイレに連れて行ってあげるなど子供にも優しく、
ミューラを人質に取る作戦を取ったピピニーデンに対しても不快感を露にした。
男性社会に偏りすぎていたザンスカールを母系社会として確立させたいという
野心にしても私利私欲で動く人物ではないことを感じさせた。

シャアはガルマやキシリアの配下にありながらもザビ家への復讐心を抱いていた。
クロノクルは、女王の弟という難しい立場でカガチらと対峙して
いつかザンスカールを手中にするという野望を胸に秘めていた。
両者とも表と裏の顔を持っていたという点でも似ている。

ただ、クロノクルのほうがなんだか意義深いことをやろうとしているはずなのに
シャアのほうがカッコ良く見えてしまうのだ。
やはりそれは劇中でクロノクルの描き方が不十分だったのではないか。
シャアは実の妹セイラと出会い、自分の行くべき道に悩み、
彼の生い立ちもきちんと視聴者に見せられたのだが、
クロノクルが女王の弟という事実に悩まされていたのなら、
その心情を描いてくれればもう少しクロノクルの印象も変わったはずだと思う。

最後までアゲアゲなし
パイロット能力ではどうか。
モビルスーツの戦いではシャアは序盤こそ赤い彗星として周囲から恐れられ、
ガンダムの性能が凄いからアムロに勝てないのだと思っていたが、
終盤になると純粋にパイロット能力(ニュータイプ能力)の差から
アムロに押されっぱなしだった。

クロノクルの場合、序盤からウッソにシャッコーを奪われるという失態をさらし
最初からウッソよりも劣る印象を視聴者に与えてしまった。
その後中盤ではウッソと互角または押したりする戦いを見せていたが
最後はリグ・コンティオを持ってしても敗れ去った。
あげく「マリア姉さん助けてよ」である。

シャアは最初がピークで終盤になるにつれて落ち目になっていく。
しかし、この見せ方がある種シャアの弱さを美化する演出になっていて
さほどシャアのイメージダウンにはつながらない気がする。
一方、クロノクルは最初からイマイチで、中盤は微増、最後もイマイチという
いたってしまらない起伏であるためキャラ立ちがもう一歩なのだ。

じゃあ軍隊の中で政治的活動においての立ち振る舞いが優れていたかというと
これも抜きん出たところはなかったように思う。
しいて挙げれば、母系社会の確立うんぬんを語っていたシーンくらいか?

ウッソとのパワーバランス
以上の検証からすると「クロノクルってダメじゃん」となって身も蓋もないが、
やはりクロノクルはダメな奴だと結論づけるしかないと思う。
クロノクルに母系社会の確立なんかできなかったと思うし、
ザンスカールのトップに立つ器もなかったし、
カテジナともいずれ仲違いしていたと推測できる。
しかも最期が頭を打ってCM突入というカッコいいキャラにはまずありえない演出。

ただ、ここで考えたのだがウッソの年齢が13歳というのが、
クロノクルを弱くさせた要因ではないだろうか。
大の大人が子供をコテンパンに叩きのめすなんて
エンターテイメントとしてはかなり厳しいはずだ。
いくら戦争とはいえ、見ているこっちが引いてしまう。

Ζガンダムにヤザンという残忍なパイロットがいたが、
カミーユはギリギリ大人の範疇に入るキャラだからあれでも許されたのだろう。
しかしVガンダムはウッソが子供だから無体な事をする性格が許されない。
こういった物語を成り立たせるためのパワーバランス上、
あのような人物像になってしまったのではないだろうか。

この推測が正しいと主張する気はさらさらないけれど、
クロノクルが主人公ウッソのライバルだとした場合、
Vガンダムのエンターテイメントとしての質はその時点で決まってしまったのだ。

壇氏の声はかっこよかった。
それが救いか。

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posted by ヤナギラン at 17:09| Comment(0) | キャラクター考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月08日

Vガンダム・キャラクター考察〜シャクティ・カリン〜

シャクティ・カリン

Vガンダムのキャラ考察。次は、シャクティ。
Vガンダムファンからは、可愛い少女という好まれ方をされている向きもあれば、
少なからず電波少女扱いされていることもあり考察が難しいキャラクターだ。
とりあえず、アニメで描写されている部分のみから客観的に分析したい。

古きよき女性(母親)像
もともとシャクティは、カサレリアで甲斐甲斐しく料理・洗濯など
家事全般をこなしており(途中からはカルルマンのお守りまでやるのだが)、
それを嫌々やっているという感じでもなかった。
不法居住者同士の助け合いの精神やカサレリアの自然環境などが、
このシャクティの性格を形成したのだと感じる。

といって、自己主張の無い大人しいだけの子供というわけでもないようだ。
物語の序盤、ウッソが初めてビクトリーを操縦してしまったときは、
「こんなことをしていたら、
お父さんやお母さんの帰りを待つことなんてできないのよ」
という厳しい視線をウッソに向けている。

第4話では、べスパと戦うリガミリティアに対しても
「この人たち、みんなおかしいわ」と恐怖を感じている。

これらの事から、真面目で面倒見がよく、基本的には大人しいが、
芯がしっかりしていて、他人に従順に付ついていくというタイプではない。
そして、好戦的な部分は微塵も持ち合わせておらず、
平和を願う人間性だと言えるだろう。

カサレリアでのシャクティこそ終わりのないディフェンスなのか?
ここで僕はふと思った。
カサレリアで暮らすシャクティには未来があったのだろうか。
人は、とりわけ子供は未来を見つめ、希望や夢を抱いたりするものだ。
しかし、カサレリアで暮らしているシャクティは、ヤナギランの花を咲かして、
ただ行方不明の母の帰りを待つということだけなんじゃないだろうか。

おそらく、シャクティは余程の事がなければ
カサレリアを離れることはないはずだし、死ぬまで暮らす意思だあるのだろう
(ラゲーンの基地で悶々としていたファラに比べると、真逆のタイプだ)。

帰らない待ち人をずっと待ち続ける。
これは終わりのないディフェンスじゃないか?

そう考えるとシャクティはその部分においては非常に強い人間だと言える。

弱さゆえ
しかし、その強さは常に表立っているわけではない。

印象的なシーンとして、シャクティは第7話で、
爆撃の中でもヤナギランの種を埋めていた。

モビルスーツの戦闘において、自分は何もできない。
そして、爆撃の音や衝撃が襲いかかる中で心を恐怖に支配されてしまい、
根本的な彼女の弱さを露呈した場面だ。

この弱さにシャクティは自覚的だったのだろう。

だからこそ、マリアの娘という身分を利用すれば戦うことなく
戦争を止められるという期待を抱いていたはずだし、
祈りを捧げることで戦争を止められるエンジェル・ハイロウは
彼女にとって「渡りに船」だったのではないだろうか。

でなければ、一度連れ出されたエンジェル・ハイロウに
再び戻っていくわけがない。

シャクティはVガンダムだからこそ
アニメのキャラクターとして、常に元気はつらつで活動的な少女というのは
キャラクターとしての曖昧さはなく、視聴者には分かり易い。

しかし、Vガンダムは明るいアニメではないし、分かり易いアニメでもない。
そういった作品における中心キャラとして、
シャクティはああでなければならなかったのではなかろうか。

時には爆撃に震えて動けなくなり涙を流すにも関わらず、
時として自分の命を顧みず行動するシャクティ。
それは強さから来るものなのか、それとも弱さからなのか、
いや、それはどちらとも言えない表裏一体なのだろう。

その振幅が最初から最後まで愚直に描かれた少女だと思うのだ。

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posted by ヤナギラン at 20:34| Comment(2) | キャラクター考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

Vガンダム・キャラクター考察「ウッソ・エヴィン」

ウッソ・エヴィン

かなり更新が滞ってしまったけれど、Vガンダムのキャラ考察をしてみたいと思う。

まずは、ウッソ。

主役なのに
さて、ウッソはまぎれもなくVガンダムの主役であるのだけれど、
その存在感はお世辞にも主役とはいえない、と感じるのは僕だけではないはずだ。

もし「Vガンダムといえば誰?」という問いがあったら、
多数を占めるのはカテジナやシャクティだと思われる。
まあ脇役の人気が主役を上回るのは良いことなのだけれど、
1stガンダムのアムロやΖガンダムのカミーユのような存在感がないのは残念だ。

ただ、そうは言ってもVガンダムは紛れも無くウッソを軸として進行していく。
シャクティは確かにマリアの娘だが、ウッソがガンダムを操縦できる能力を持った少年であり、
ウッソがリガミリティアに加わったからこそ、シャクティも行動を共にすることになった。
また、カテジナやクロノクルについても、
ウッソ(そしてシャクティ)の存在が彼らの運命を狂わせていく。

ではなぜウッソはカテジナらの陰に隠れた存在に、
また、アムロやカミーユに及ばない主役に成り下がってしまうのか。
この点がとても興味深かったので考えてみた。

最初から最後まで凄いヤツ
まず、物語の最初と最後のウッソを比べてみた場合、
人間的成長の跡が見えにくいことが挙げられる。

ウッソは最終的にV2を巧みに操縦して
リガミリティアの中心パイロットになるのだけれど、
思い起こせば、彼は物語のしょっぱなから、クロノクルのシャッコーを奪い、
べスパのモビルスーツと街の中で戦闘を繰り広げているのだ。

もちろん、経験値を積み重ねたストーリー後半のウッソのほうがレベルが上なのだろう。
しかし、僕ら視聴者からすると、はっきりとそのレベルアップを認識しづらい。
少なくとも僕はそう思う。

一方、1stガンダムの主役アムロは違った。
彼も最初からガンダムを操縦できたが、後半はニュータイプとして覚醒していき、
やがてララァやホワイトベースのクルーと心を通わせることができるようになった。
その成長(もしくは変化)の過程が僕らを高揚させた要因のひとつのはずなのだが、
ウッソからはそのカタルシスを感じられなかった。

光の翼はV2の能力だし、シャクティのようにサイキックパワーも持っていない。
(ただ、シャクティのような力をウッソが持っていたら話のバランスが崩れてしまうだろうけど)

そう、ウッソは最初から完成されていたパイロットであり、
結局最後まで“そのまんま凄いヤツ”として物語は終わっていったのだ。

これがVガンダム人気がいまいちな原因のひとつかもしれない。

終わりのないDefenseでも
戦争だから仕方ないが、ウッソにはこれでもかと辛い事、悲しい事が押し寄せる。
シュラク隊のお姉さんは次々と死んでいくし、
憧れのカテジナはべスパに加わり自分を殺そうとするし、
極めつけは母が目の前で死に、生首をその手に抱くという経験までするのだ。

こんな目に遭えば、精神がおかしくなっても不思議じゃない。
ましてや、ウッソは13歳なのだ。
しかし、ウッソはこれらの悲しみを引きずらない。
悲しいことがあっても次の回では勇ましくガンダムを操縦し、敵を打ち落としていく。

Ζガンダムの主役カミーユも色んな人の死を目の当たりにした。
そして、ついに最終回ではニュータイプとしての能力がオーバーヒートして精神が崩壊する。

ただ、僕は、ウッソがこうなれば良いと思っているわけではない。
そもそも、それではΖガンダムの二番煎じになってしまう。
もちろん、普通の少年ならカミーユみたいに精神崩壊しても納得できるが、
なにせウッソは「ウソ」みたいな少年なのだ。
キャラクターとしての整合性を考えると、
ウッソがどんな悲しみを振り切ってしまえるのも当然のことなのだろう。

Stand up to the …
批判めいたことばかり書いてしまったが、
Vガンダムは今までのガンダムシリーズにない境地を目指して作られたはずなので
主人公もやはり今までのキャラとは違う必然性があったはずだ。

だから、ウッソは今までの主人公よりも若い年齢となったのだろうし
13歳らしい無邪気さや子供っぽさや女性たちに対する少年独特の感情を見せてくれる。
こういったのどかな描写がやや多めなのもVガンダムの良さ(でもあり緩さ)であるのだろう。

最後になったが、ウッソの行動で印象に残っている場面がある。

序盤において、戦闘が嫌になったウッソはシャクティとカサレリアに帰っていくが、
ドゥカー・イクのガッダール隊がカミオンを攻撃することや、
マーベットがピピニーデンのトムリアット隊に苦しめられているのを知ったとき、
ウッソはわざわざ助けに行くのだ。

なぜウッソは敵に立ち向かうのか。
ウッソが立ち向かう先に見つめているのはオープニングテーマのように「勝利」なのか。

当然、答えはNOだ。

逆に言えば、そうであるからこそウッソは主役なのだろう。

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posted by ヤナギラン at 19:54| Comment(0) | キャラクター考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

Vガンダムの★評価のまとめ

僕がこれまでつけてきた★評価をまとめてみました。

第1回「白いモビルスーツ」★★★★★★☆☆☆☆6
第2回「マシンと会った日」★★★★★★★☆☆☆7
第3回「ウッソの戦い」★★★★★★☆☆☆☆6
第4回「戦いは誰のために」★★★★★★☆☆☆☆6

第5回「ゴッゾーラの反撃」★★★★★★☆☆☆☆6
第6回「戦士のかがやき」★★★★★★★☆☆☆7
第7回「ギロチンの音」★★★★★★☆☆☆☆6
第8回「激闘!波状攻撃」★★★★★★☆☆☆☆6

第9回「旅立ち」★★★★★★★☆☆☆7
第10回「鮮烈!シュラク隊」★★★★★★☆☆☆☆6
第11回「シュラク隊の防壁」★★★★★★★☆☆☆7
第12回「ギロチンを粉砕せよ」★★★★★★☆☆☆☆6

第13回「ジブラルタル空域」★★★★★★☆☆☆☆6
第14回「ジブラルタル攻防」★★★★★★☆☆☆☆6
第15回「スペースダスト」★★★★★★★☆☆☆7
第16回「リーンホース浮上」★★★★★★☆☆☆☆6

第17回「帝国の女王」★★★★☆☆☆☆☆☆4
第18回「宇宙艦隊戦」★★★★★★★☆☆☆7
第19回「シャクティを捜せ」★★★★★★★☆☆☆7
第20回「決戦前夜」★★★★★★☆☆☆☆6

第21回「戦略衛星を叩け」★★★★★★★★☆☆8
第22回「宇宙の虎」★★★★★★★★☆☆8
第23回「ザンスカール潜入」★★★★★★★★☆☆8
第24回「首都攻防」★★★★★★★★☆☆8

第25回「敵艦と敵地へ」★★★★★★★☆☆☆7
第26回「マリアとウッソ」★★★★★★★★☆☆8
第27回「宇宙を走る閃光」★★★★★★★★☆☆8
第28回「大脱走」★★★★★★★☆☆☆7

第29回「新しいスーツV2」★★★★★★★☆☆☆7
第30回「母のガンダム」★★★★★☆☆☆☆☆5
第31回「モトラッド発進」★★★★★★★☆☆☆7
第32回「ドッゴーラ激進」★★★★★★★☆☆☆7

第33回「海に住む人々」★★★★★★★☆☆☆7
第34回「巨大ローラー作戦」★★★★★★★☆☆☆7
第35回「母かシャクティか」★★★★★★★☆☆☆7
第36回「母よ大地にかえれ」★★★★★★★☆☆☆7

第37回「逆襲ツインラッド」★★★★★★☆☆☆☆6
第38回「北海を炎にそめて」★★★★★★★☆☆☆7
第39回「光の翼の歌」★★★★★★★★☆☆8
第40回「超高空攻撃の下」★★★★★★★★☆☆8

第41回「父のつくった戦場」★★★★★★★☆☆☆7
第42回「鮮血は光の渦に」★★★★★★★★☆☆8
第43回「戦場の彗星ファラ」★★★★★★★★☆☆8
第44回「愛は光の果てに」★★★★★★★★☆☆8

第45回「幻覚に踊るウッソ」★★★★★★★★☆☆8
第46回「タシロ反乱」★★★★★★★★☆☆8
第47回「女たちの戦場」★★★★★★★★☆☆8
第48回「消える命 咲く命」★★★★★★★★☆☆8

第49回「天使の輪の上で」★★★★★★★☆☆☆7
第50回「憎しみが呼ぶ対決」★★★★★★★★★☆9
第51回「天使たちの昇天」★★★★★★★★★★10


★総数は359、★の平均は7.04だった。

振り返ってみると、やはり後半が評価が高かった。
宇宙にあがってエンジェル・ハイロウをめぐる攻防やリーンホース特攻やエンディングの悲しさなどはそこら辺のアニメでは味わえないエモーショナルなものだったと思う。

だけど、序盤のカサレリアの頃も、なんだか叙情的かつ牧歌的な味わいがあって良かった気がする。

モビルスーツという兵器が爆音をあげ、ウッソという嘘みたいにすごいことをやってのける少年がガンダムに乗って立ち向かうというハチャメチャなストーリーではあるんだけど、カサレリアの自然の中でオデロ達や純粋なシャクティといった子供たちの心の叫び、振れが、視聴者にただのロボット格闘ものではない作品だと訴えている。

そして、カサレリアの風景と千住明の音楽が非常に合っている(いや、宇宙でもどこでも千住の音楽は素晴らしいのだけど)。

作画が回によって全然違うのは残念だったけれど、亡くなった逢坂氏のキャラクターデザインもVガンダムにおいては成功していたと思う。世間の評価は知らないが、僕は好きだ。

可能なら、もう少し掘り下げて考察していきたいと思う。

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posted by ヤナギラン at 17:01| Comment(0) | Vガンダム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする